アレッツォ観光ガイド
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※写真・イラストは全てイメージです。ご旅行中に必ずしも同じ角度・高度・天候での風景をご覧いただけるとは限りませんのでご了承ください。
アレッツォの宮殿

アレッツォ県庁舎を前にリベルタ広場に面してそびえるアレッツォ市庁舎は、1333年にプリオーレ(行政長官)宮殿として建設されました。当時の宮殿は町の様々な司法機関と行政機関を受け入れてきましたが、その後大規模な再建や改修を余儀なくされたため、14世紀の建造物はリカーソリ通りに面する建物の側面のみに残っています。

宮殿は15世紀に改修され、16世紀末期にはアルフォンソ・パリジ(1590年没)の指揮下で完全に再建されました。しかしながら1650年にファサードが破壊され、簡素で質素な様式のファサードが再建されました。さらに1930年代の新たな再建で、G.カステッルッチとU.タヴァンティの設計を基に現在の優雅なファサードと時計塔が完成し、狭間と小回廊が増築されました。

新たに時計が設置された塔の上部は、小アーチと(ツバメの尾の形をした)ギベリン狭間、帆形鐘で飾られています。塔の鐘(伊語はcampana)は、アレッツォ市民から「家畜の首に付ける鈴」(伊語はcampano)の愛称で呼ばれています。

庁舎内の1階は16世紀の中庭の二方を14世紀の柱廊が囲み、その突き当たりに14世紀のパッリアーニ小宮殿の側面が見えます。リベルタ広場から入る1階ホール(表玄関の右側)には、サルヴィ・カステッルッチ(1608-72年)制作のフレスコ画「聖母子と聖ドナート」(1640年)が飾られ、フレスコ画の背景には17世紀のアレッツォの風景が描かれています。

階段を上った2階には、貴重な作品が数多く保存されています。アンジェロ・ロレンティーノ(1465-1527年)作「ラ・ヴェルナで聖痕を受ける聖フランチェスコ」、ロレンティーノ・ダンドレア(1430-1506年)作「玉座の聖母子と聖ドナート、福者グレゴリオ5世」(1483年)、取り壊されたサント・スピリト門から移された石像「聖母子」(1939年)、16世紀の長い回廊(ステンドグラスは1931年)があります。
アレッツォ市庁舎ファサード
アレッツォ市庁舎ファサード(14-17世紀)
1階の中庭を取り囲む柱廊
1階の中庭を取り囲む柱廊(14世紀)
サルヴィ・カステッルッチ作「聖母子と聖ドナート」
1階ホールのサルヴィ・カステッルッチ作「聖母子と聖ドナート」(1640年)
16世紀の石製暖炉がある市評議会議場(いわゆる「結婚の間」)には、ジョルジョ・ヴァザーリが描いた2枚の肖像画「枢機卿ベネデット・アッコルティ」(1549年没)と「枢機卿ピエトロ・アッコルティ」(1532年没)が飾られています。室内のフリーズを飾る12個のフレスコ画群はテオフィロ・トッリ(1554-1626年)の作品で、古代ローマ中世のアレッツォ史における重要な人物像とエピソードが描かれています。
2階の長い回廊
テオフィロ・トッリ作「コルトーナの攻略」
2階の長い回廊(16世紀)
2階「結婚の間」のテオフィロ・トッリ作「コルトーナの攻略」(1610年)

市議会議場で特に興味深いのは、セバスティアーノ・デル・ピオンボ作と思われる肖像画「ピエトロ・アレティーノ」とアレッツォの偉人たちが描かれた4枚の肖像画が残存しています。(司教ボーソ・デリ・ウベルティーニ:1365年没、法律家ベネデット・アッコルティ:1466年没、准尉アレッサンドロ・ダル・ボッロ:1657年没、法律家アントニオ・ロセッリ:1467年没。)

壁龕を飾るのは、アレッツォ出身のアレッサンドロ・フォルツォリ作「十字架上のキリストと聖ドナート」(1586年)です。パッリ・ディ・スピネッロ(1387-1453年)作「キリストの磔刑、聖ジョヴァンニと聖母マリア」のフレスコ画は(下絵とともに)階段踊り場に飾られていますが、残念ながらその一部が壁面から剥離しています。さらにエトルリア時代のミネルヴァ像の複製も飾られています。
※Cartaria Aretina出版「Arezzo Guida」から引用
アレッツォ県庁舎はリカーソリ通りとデッ・ロルト通りに面して建つ中世期の2つの建造物と、現在のリベルタ広場に面して建つ19世紀の建造物で構成され、1848-1939年にはアレッツォ官庁舎として利用されていました。
アレッツォ県庁舎ファサード
リカーソリ通りから見たアレッツォ県庁舎
「偉人たちの広間」とも呼ばれる県議会議場
リベルタ広場に面したアレッツォ県庁舎ファサード(19世紀)
リカーソリ通りから見たアレッツォ県庁舎(14世紀)
「偉人たちの広間」とも呼ばれる県議会議場(1925年、G.パオリ設計)
庁舎内の「偉人たちの間」とも呼ばれる県議会議場(1925年、G.パオリ設計)は、建築学的に最も重要な部屋です。1922-23年にアドルフォ・デ・カロリス(1874-1928年)が制作したフレスコ画群「アレッツォの偉人たち」が、室内のフリーズを飾っています。
アドルフォ・デ・カロリス作「アレッツォの偉人たち」
「偉人たちの広間」のフリーズを飾るアドルフォ・デ・カロリス作「アレッツォの偉人たち」(1922-23年)
※Cartaria Aretina出版「Arezzo Guida」から引用
プレトリオ宮殿ファサード
プレトリオ宮殿ファサード(13-16世紀)

かつての法務官邸だったプレトリオ宮殿は、アレッツォ中世ルネサンスの価値ある歴史建造物の一つです。ピレアーティ通りに面した美しいファサードには、1434年以降の町の行政長官や軍隊長の紋章が数多く飾られています。

1階右手にはかつて宮殿内の礼拝堂だった部屋(今日展覧会や講演会に用いられている)があり、「受胎告知」などの剥離フレスコ画がわずかに残っています。2階には広くて明るい窓を持つ大広間と、フレスコ画「聖母子と聖人たち」(14世紀)が描かれた壁龕が保存された小広間があります。3階の角の広間は、美しい木製天井(16世紀)で覆われています。
現在宮殿は、1953年に4つの法人協会(フラテルニタ・デイ・ライチ慈善会、ペトラルカ・アカデミー、アレッツォ市、アレッツォ県)から誕生した、町の最も重要な文化施設の一つである図書館として利用されています。寄贈された公私コレクションの宝庫で、約30万冊の書籍に、545冊の写本や182冊の初期刊本、2305冊の16世紀刊行物を所蔵しています。図書館に利用される以前(1600-1926年)は、宮殿の一部が監獄施設として使われていました。
プレトリオ宮殿入り口
1階右側の小ホール
プレトリオ宮殿中庭
プレトリオ宮殿入り口(13-16世紀)
1階右側の小ホール
プレトリオ宮殿中庭(13-16世紀)
※Cartaria Aretina出版「Arezzo Guida」から引用
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