アレッツォ観光ガイド
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アレッツォ再発見とは?
アレッツォ観光ガイドとは?
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※写真・イラストは全てイメージです。ご旅行中に必ずしも同じ角度・高度・天候での風景をご覧いただけるとは限りませんのでご了承ください。
映画「ライフ・イズ・ビューティフル」のロケ地巡り
映画「ライフ・イズ・ビューティフル」
映画「ライフ・イズ・ビューティフル」
ロベルト・ベニーニ監督の映画「ライフ・イズ・ビューティフル」は、1996年11月から1997年4月にかけてアレッツォ市を始め、アレッツォ県のコルトーナやモンテヴァルキ、カスティリオン・フィボッキ、ウンブリア州のパピーニョ(テルニ県)で撮影されました。
グランデ広場に立つ映画の看板
グランデ広場に立つ映画の看板
特に映画の前半シーンの殆どがアレッツォの旧市街地で撮影され、町のあちこちにその場所で撮影されたシーンとそのセリフが説明された看板(イタリア語のみ)が立っています。一方映画の後半シーンの舞台となった強制収容所には、パピーニョ近郊の古い工場跡が撮影に使われました。

アレッツォにやって来た観光客の誰もが訪れるグランデ広場で、数々のシーンが撮影されました。叔父を頼って町にやって来た主人公グイド(ロベルト・ベニーニ)が友人と初めて広場を訪れるシーンや、グイドが後に妻となるヒロインのドーラ(ニコレッタ・ブラスキ、実生活でもベニーニの妻)「プリンチペッサ」(王女様という意味)に広場で再会するシーン、グイドが妻ドーラと息子ジョズエを乗せて自転車で広場を駆け抜けるシーンです。

グランデ広場の北側にそびえるロッジア(回廊)宮殿では、どしゃ降りの雨の中ドゥオーモで車を降りたグイドとドーラが、その後に続く夜の回廊を散歩するシーンが撮影されました。
グランデ広場
ロッジア宮殿の回廊
グランデ広場
ロッジア宮殿の回廊

「マリア、鍵。」と叫ぶと鍵が落ちてくるシーンは、グランデ広場からロッジア(回廊)宮殿横に伸びるピアッジャ・サン・マルティーノ通りの坂道を上ってすぐ右手の建物の前で撮影されました。グイドと友人がこの坂道を歩きながら下りてくるシーンや、グイド一家が自転車で駆け下りてグランデ広場に出るシーンでもこの坂道が登場します。

ピアッジャ・サン・マルティーノ通りにはその名前から分かるように、かつてブランダリア家の守護聖人サン・マルティーノを奉るサン・マルティーノ教会とブランダリア家の邸宅が建っていましたが、フィレンツェ支配下の15世紀にメディチ家城塞の建設のために全て破壊されました。
ピアッジャ・サン・マルティーノ通り
ピアッジャ・サン・マルティーノ通り
ピアッジャ・サン・マルティーノ通り
ピアッジャ・サン・マルティーノ通り
グイドが営む本屋の撮影に使われた建物は、15世紀の屋根付き井戸が建つグランデ広場南東から伸びるボルグント通りを入った左手にあります。この通りにはアルベルゴッティ家の邸宅やボルグント塔ジラタスキ家の邸宅が建っています。ボルグント通りの途中左手に伸びるピアッジャ・サン・バルトロメオ通りには、エトルリア時代の石の城壁が残っています。
ボルグント通り
ボルグント通り
ボルグント通り
ボルグント通り
アレッツォの政治・宗教の中心であるリベルタ広場の周囲には、アレッツォ市庁舎アレッツォ県庁舎ドゥオーモがそびえ建っています。どしゃ降りの雨の中、グイドがドーラのためにドゥオーモ前の大階段に赤絨毯を広げ、その絨毯の上を歩きながら階段を下りてくるシーンが撮影されました。その後に続く雨宿りのシーンは、アレッツォ県庁舎の玄関ポーチで撮影されました。
リベルタ広場
ドゥオーモ
リベルタ広場
ドゥオーモ

グイドが「マリア、鍵。」と叫ぶと、本当に鍵が落ちてきた光景に驚くドーラのシーンに続き、さらに夜の散歩を続ける二人のシーンはサン・フランチェスコ教会前のサン・フランチェスコ広場で撮影されました。

広場前の老舗カフェ「カフェ・ディ・コスタンティ」では、「ユダヤ人と犬はお断り」という張り紙を見た息子ジョズエと父親グイドの会話が展開するシーンが撮影されました。町の中心に位置するこのカフェは、1804年創業の歴史ある老舗カフェで、トスカーナ大公国からイタリア統一に推移する激動の時代を生き抜いてきた生き証人でもあります。

続いてサン・フランチェスコ広場からイタリア通り方面に伸びるカヴール通りで、親子が歩くシーンが撮影されました。このカヴール通りの両側には、由緒あるカッシ宮殿デ・ジュディチ宮殿、バッチ宮殿が建ち並んでいます。
サン・フランチェスコ広場
老舗カフェ「カフェ・ディ・コスタンティ」
サン・フランチェスコ広場
老舗カフェ「カフェ・ディ・コスタンティ」
アレッツォ出身のイタリア三大詩人の一人フランチェスコ・ペトラルカの名前から取ったペトラルカ劇場で、オペラの上演シーンが撮影されました。1828年に町の市民アカデミーが新劇場の建設を決定し、1830年にヴィットリオ・ベッリーニの設計を基に建設が始まり、1833年4月21日に劇場が完成しました。
ペトラルカ劇場
ペトラルカ劇場

役人に追いかけられたグイドが自転車で逃げ回るシーンや、朝自転車でドーラを勤め先の小学校に送る3人のシーンがこの通りで撮影されました。このアウレリオ・サッフィ通りの坂道を下っていくと、バディア広場に出ます。

この坂道を上りきったフィオライア小広場には、16世紀の美しい庭園を持つアルベルゴッティ・キアロマンニ宮殿と、18世紀半ばに創立されたサン・ジュゼッペ病院が建っています。
サン・ジュゼッペ病院
サン・ジュゼッペ病院

ドーラが勤める小学校前の広場として設定されたのが、このバディア広場です。役人に追いかけられたグイドがドーラに偶然再会するシーンや、グイドと息子ジョズエが仕事に行く母親ドーラを見送るシーンが撮影されました。

バディア教会の横に建つ、小学校の玄関として設定されたバディア宮殿は元ベネディクト修道院で、正面玄関上部にはロッビアの彩釉テラコッタが飾られています。建物内部にはジュリアーノ・ダ・マイアーノが設計した、ルネサンス期の美しい中庭付き回廊が残っています。
バディア広場
バディア宮殿の正面玄関
バディア広場
バディア宮殿の正面玄関

ドーラが教師を勤める小学校の撮影に使われた元ヴィットリア・コロンナ師範学校は、バディア広場裏手のガリバルディ通りと交差するポルタ・ブイア通りの右角に建っています。

1784年に再建された元サンタ・マルゲリータ修道院の教会だった建物で、かつての修道院の一部だった16世紀の美しい回廊付き中庭が残っています。

映画の中に登場する生徒たちは、当時ガムッリーニ小学校に通っていた実際の生徒たちです。
元ヴィットリア・コロンナ師範学校
元ヴィットリア・コロンナ師範学校

グイドが本屋を開くために訪れた役場の撮影に使われた建物は、元軍の駐屯地として使われていた建物で、1930年代のファシスト政権下で建築家ジョヴァンニ・ミケルッチによって設計されました。当時建物のファサードには、マリオ・モスキによって彫られたファシストの鷲の紋章が飾られていました。

この地区には16世紀にベネディクト修道会が建てたベネディクト修道院と教会、スピリト・サント病院がありました。サン・クレメンテ門方面に向かってガリバルディ通りをさらに進むと、左手にサン・ベネデット刑務所があります。
元ベネディクト修道院
元ベネディクト修道院
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