アレッツォ観光ガイド
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※写真・イラストは全てイメージです。ご旅行中に必ずしも同じ角度・高度・天候での風景をご覧いただけるとは限りませんのでご了承ください。
アレッツォの美術館・博物館

サン・フランチェスコ広場4番地、開館時間:午前10-13時、午後16:30-19:30(日・祝祭日を含む)
電話番号:0575-299275

サン・フランチェスコ教会に隣接して建つかつての「キアーヴィ・ドーロ」ホテルはサン・フランチェスコ広場に面し、アレッツォ市立近代・現代美術館として2003年12月にオープンしました。館内には20世紀後半のイタリア人作家の絵画コレクションとグラフィックアート作品が展示されています。

中でも1930-40年代のL.カステッラーニやマッカリ、レーヴィ、パウルッチ、1950-60年代のダヴィコやガリーノ、コッポラ、レーヴィ・モンタルチーニ、「新表現主義」と呼ばれた1960年代のベルニやヴァッキ、ヴェスピニャーニから1980-90年代のS.カルディナーリやガダレータ、ゴルバ、G.サーニまで、豊富な絵画のコレクションを所蔵しています。また美術館は随時、数多くの重要な展覧会も企画しています。
※アレッツォ市公式サイト「Turismo - Musei e Gallerie」から引用

デッ・ロルト通り28番地、開館時間:午前10-12時、午後15-17時、土曜日:午前10-12時
電話予約要、電話番号:0575-24700

詩人フランチェスコ・ペトラルカ(1304-74年)の生家と見なされている現在の建物は、中世の伝統的建造物を16世紀に再建したものです。第2次世界大戦中に半壊し、再建された「ペトラルカの生家」は今日、1787年に誕生した文学・芸術・科学のペトラルカ・アカデミーの本部となっています。ペトラルカ・アカデミーの前身は1623年に創設されたディスコルディ・アカデミーから、近代科学の先駆者の一人フランチェスコ・レーディ(1626-97年)の支援のもとに1683年に設立されたフォルツァーティ・アカデミーです。館内にあるレーディの私的図書館は、アカデミー図書館の最初の中核を構成しています。
ペトラルカの生家ファサード
ペトラルカの生家の中庭
ペトラルカの生家ファサード(16世紀)
ペトラルカの生家の中庭(16世紀)

ペトラルカの生家の前に、小説家ボッカッチョ(1313-75年)の代表作「デカメロン」(7日目第4話)に登場する「トファーノの井戸」があります。ボッカッチョはペトラルカと親交が深く、互いの研究や活動で刺激しあい、ペトラルカとともにルネサンスの先駆者と見なされています。

物語は嫉妬深い夫トファーノがある夜、美しい妻ギータを家の外に放り出します。妻は井戸に身を投げるふりをして、井戸に大きな石を投げ込み、夫を騙します。その光景を見た夫は慌てて家の外に出て、井戸まで駆けつけます。その間に妻は家の中に入り、鍵をかけます。家の外に放り出された夫は、妻の非難を浴びながらついに改心します。
ピレアーティ通りから見たペトラルカの生家
ペトラルカ・アカデミー図書館
ボッカッチョ「デカメロン」に登場する「トファーノの井戸」
ピレアーティ通りから見たペトラルカの生家
ペトラルカ・アカデミー図書館
ボッカッチョ「デカメロン」に登場する「トファーノの井戸」(7日目第4話)
※アレッツォ市公式サイト「Turismo - Musei e Gallerie」から引用

イタリア通り14番地、電話番号:0575-354126

アレッツォ骨董市の創設者イヴァン・ブルスキ(1920-96年)は、ピエーヴェ・ディ・サンタ・マリア教会の前に建つ14世紀の美しい邸宅(かつてのゼッカ宮殿)を残しました。現在邸宅は博物館として、生前彼が収集した極めて貴重な骨董品を数多く所蔵しています。

最近エトルリア銀行によって修復されたかつてのカピターノ・デル・ポポロ宮殿だった博物館は、14世紀にアレッツォのグェルフィ教皇派の本部が置かれ、司法長官の本部でもありました。通称「造幣局宮殿」と呼ばれ、宮殿内で貨幣を鋳造する権限が与えられていたことを証明する資料が残っています。
イヴァン・ブルスキ邸宅博物館ファサード
アレッツォ骨董市の創設者「イヴァン・ブルスキ」
イヴァン・ブルスキ邸宅博物館ファサード(14世紀)
アレッツォ骨董市の創設者「イヴァン・ブルスキ」(1920-96年)
規則正しい切り石で飾られた美しい簡素なファサードに、宮殿の歴史の証人であるアレッツォ都市国家やカマイアーニ家、フィレンツェ都市国家の紋章を今日でも見ることができます。2002年からイヴァン・ブルスキ邸宅博物館の本部が置かれ、骨董の美術と文化の振興を目的に、博物館は同財団が運営し、エトルリア銀行が管理しています。

1960年代初頭から収集されてきた骨董品は今日、家具や絵画、彫刻、書物、ガラス製品、陶器、銀製品、宝石、甲冑、仕事道具、貨幣など1万点以上を数え、世界中至るところから集められた骨董品の起源は、先史時代から現代までと幅広く及んでいます。

宮殿内部は交差ヴォールトや回廊付き中庭、暖炉、砂岩製の扉で飾られ、15世紀のトスカーナ典型の建造物です。2階には上品でありながら簡素な大広間があり、穹窿天井で飾られています。窓からはピエーヴェ・ディ・サンタ・マリア教会のファサードをまのあたりに見ることができます。

宮殿左横にはかつてブラリ宮殿が建っていましたが、第2次世界大戦中の1944年に破壊された後、再建されませんでした。ブラリ宮殿前にはかつての泉が残っています。
ブラリ宮殿前の泉
ブラリ宮殿前の泉
※アレッツォ市公式サイト「Turismo - Musei e Gallerie」から引用
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