アレッツォ観光ガイド
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※写真・イラストは全てイメージです。ご旅行中に必ずしも同じ角度・高度・天候での風景をご覧いただけるとは限りませんのでご了承ください。
アレッツォの教会・聖堂

アレッツォ中世史において最も魅力的な宗教建造物であるピエーヴェ・ディ・サンタ・マリア教会は、9-11世紀に建てられ、続いて12-13世紀にはロマネスク様式で再建され、ファサードはロマネスク建築のピサ・ルッカ様式になっています。

12世紀初期に建てられたファサードは、非常に独創的な外観を持っています。装飾された5つの拱門(小アーチ状の開口部)から成り、その上は列柱(12本、24本、32本)で支えられた小回廊が3層に重なっています。

教会南側の角には、控え壁で支えられた高い鐘塔(1330年)がそびえ立っています。「百穴の鐘塔」と言われるように、5層に重なったロマネスク様式の40個の両開き式窓が、垂直にそびえ立つ鐘塔(59メートル)を際立たせています。

正面の中央玄関には、価値の高い彫刻作品が保存されています。アーキトレーヴは「聖母マリアとアレッツォゆかりの聖人たち、聖サティロと聖ドナート」(マルキオと言う作家、1216年)、半円形の壁面は「聖母被昇天と2人の天使」です。
アーキヴォールトの彩色彫刻は必見です。13世紀の無名作家(ベネデット・アンテラミの弟子)による彩色彫刻のローレリーフ(浅浮き彫り)で、4面に仕切られた壁面に1年の12ヶ月が描写されています。
ピエーヴェ・ディ・サンタ・マリア教会ファサード
ピエーヴェ・ディ・サンタ・マリア教会ファサード(12-14世紀)
彩色彫刻のローレリーフ
中央玄関のアーキヴォールトを飾る彩色彫刻(13世紀)

右下壁面:二つの顔を持つ人(1月)、ブドウの木を剪定する人(2月)、パイプを吸う人(3月)
左下壁面:小枝を抱える人(4月)、騎乗する戦士(5月)、刈り取りをする人(6月)
左上壁面:麦を脱穀する人(7月)、ワインの貯蔵壺を準備する人(8月)、ブドウを収穫する人(9月)
右上壁面:種をまく人(10月)、カブの根を抜く人(11月)、豚を殺す人(12月)

グランデ広場に面する教会の後陣と南側面は、19世紀に修復されました。教会内部(54メートル×25メートル)は、広くて荘厳な身廊とそれを取り囲む2つの側廊に、頑丈な円柱と付け柱に支えられたゴシック様式の大拱門から成っています。天井は木製の化粧屋根裏天井で覆われています。翼廊の上にあたる丸屋根は支えのドラムのみが建てられ、未完成のまま終わっています。
ピエーヴェ・ディ・サンタ・マリア教会後陣
ピエーヴェ・ディ・サンタ・マリア教会内部
ピエーヴェ・ディ・サンタ・マリア教会内部
ピエーヴェ・ディ・サンタ・マリア教会後陣(12-14世紀)
ピエーヴェ・ディ・サンタ・マリア教会内部(12-14世紀)
ピエーヴェ・ディ・サンタ・マリア教会内部(12-14世紀)

教会の中で最も古い時代に建てられた内陣(拱門と柱頭は11-12世紀)には、シエナ出身の画家ピエトロ・ロレンツェッティ(1280-1340年頃)の代表作が保存されています。1320年に司教グイド・タルラーティのために制作されたこの多翼祭壇画には、「聖母子と聖ドナート、聖ジョヴァンニ、聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖マタイ」が描かれています。左側廊にあるサクラメント礼拝堂は、1591年6月5日に起こった奇跡のできごとを祝うために建てられました。祭壇の後ろに保管された聖母マリアのテラコッタ像が、顔色を変えて目を開いたり閉じたりしたと伝えられています。

19世紀に修復された地下聖堂は、身廊とそれを取り囲む4つの側廊から成っています。興味深いのは、アレッツォの2代目司教で町の守護聖人である聖ドナートの頭蓋骨が納められた金箔の銀製半身像(アレッツォ出身の金銀細工師ピエトロとパオロの作品)が保存されています。他に、ある福者のカマードリ修道士の遺骸が納められた木棺(16世紀後半)と、アレッツォゆかりの聖人や殉教者の遺体が納められた陳列棚が保存されています。
ピエトロ・ロレンツェッティ作「聖母子と聖人たち」
ピエーヴェ・ディ・サンタ・マリア教会の地下聖堂
聖ドナートの頭蓋骨が納められた金箔の銀製半身像
内陣のピエトロ・ロレンツェッティ作「聖母子と聖人たち」(1320年)
ピエーヴェ・ディ・サンタ・マリア教会の地下聖堂(12-14世紀)
聖ドナートの頭蓋骨が納められた金箔の銀製半身像(1346年)
※Cartaria Aretina出版「Arezzo Guida」から引用
サン・ドメニコ教会は13世紀初期にアレッツォへやって来たドメニコ修道士たちのために、教会と同名のサン・ドメニコ広場に面して建立されました。砂岩造りの教会は、ヴァザーリが言及していたニコラ・ピサーノではなく、あるドメニコ修道士によって設計され、1275年から1300年代初期にかけて建設されました。礼拝堂や壁龕、フレスコ画など教会の莫大な芸術遺産は、何世紀にも渡って損傷や略奪、破壊を受けながらも、ゴシック様式の輪郭と外観を完全に保っていました。
サン・ドメニコ教会ファサード
サン・ドメニコ教会内部
サン・ドメニコ教会ファサード(14世紀)
サン・ドメニコ教会内部(14-15世紀)

教会内の中央礼拝堂には、1260-70年に制作された若きチマブエ(1240-1302年)の代表作「十字架上のキリスト」が保存されています。近年修復が完了し、2001年に再公開されました。

純ゴシック様式の輪郭を持つファサードは扶壁柱で装飾され、14世紀の貴重な2つの鐘を持つアーケード式鐘塔がそびえ立っています。柱廊式小玄関と正面玄関は、1930年代に修復されました。半円形の壁面には、ロレンティーノ・ダンドレア(1430-1506年)制作のフレスコ画「聖母子と聖フランチェスコ、聖ドメニコ」が保存されています。

教会内部(56メートル×18メートル)は唯一の広い身廊から成り、天井は木製の化粧屋根裏天井で覆われています。教会内の壁面には、スピネッロ・アレティーノ(1350年頃-1411年)やパッリ・ディ・スピネッロ(1387-1453年)、ジョヴァンニ・ダニョーロ・バルドゥッチョ(1370年頃-1452年)制作の剥離フレスコ画が数多く残っています。正面玄関内側の左壁面にはスピネッロ・アレティーノ作「聖フィリッポと聖ジャコモ・イル・ミノーレの生涯」(1400年頃)と「聖フィリッポと聖ジャコモ・イル・ミノーレ、聖女カテリーナ・ダレッサンドリアの生涯」、右壁面にはパッリ・ディ・スピネッロ(1387-1453年)作「キリストの磔刑」(1430年)が保存されています。
チマブエ作「十字架上のキリスト」
スピネッロ・アレティーノ作「聖フィリッポと聖ジャコモ・イル・ミノーレの生涯」
パッリ・ディ・スピネッロ作「キリストの磔刑」
中央礼拝堂のチマブエ作「十字架上のキリスト」(1260-70年)
正面玄関内側の左壁面に描かれたスピネッロ・アレティーノ作「聖フィリッポと聖ジャコモ・イル・ミノーレの生涯」(1400年頃)
正面玄関内側の右壁面に描かれたパッリ・ディ・スピネッロ作「キリストの磔刑」(1430年)

他に注目できる作品は、身廊左側面にパッリ・ディ・スピネッロ作と思われる「受胎告知」の剥離フレスコ画と、ヤコポ・ランディーノ(1327-1403年)作と思われる「聖クリストフォロの生涯」や、身廊右側面の壁龕にマジョリカ焼きテラコッタ像「聖ピエトロ」(15世紀)が保存されています。身廊右側面のドラゴンデッリ礼拝堂(1370年)は、16世紀に大祭壇と取り替えられた最初の壁龕で現存する唯一の礼拝堂で、フィレンツェ出身の彫刻家ジョヴァンニ・ディ・フランチェスコ制作の上品な石櫃(1368年頃)が保存されています。また、ドラゴンデッリ礼拝堂から移動した剥離フレスコ画「聖ロレンツォと聖女カテリーナ・ダレッサンドリア、聖女バルバラ」(スピネッロ作)も残っています。

13-14世紀に建てられた修道院は、中世の大学の神学学校の建物でした。修道院内には14世紀の回廊付き中庭が残っており、大食堂が修復されました。教会横にある建物は、16-18世紀に建てられたフォッソンブローニ宮殿です。
パッリ・ディ・スピネッロ作「受胎告知」
マジョリカ焼きテラコッタ「聖ピエトロ」像
ドラゴンデッリ礼拝堂
身廊左壁面に描かれたパッリ・ディ・スピネッロ作「受胎告知」(15世紀)
身廊右側面の壁龕に飾られたマジョリカ焼きテラコッタ「聖ピエトロ」像(15世紀)
身廊右側面のドラゴンデッリ礼拝堂(1370年)
※Cartaria Aretina出版「Arezzo Guida」から引用
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